CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
フォトグラファー岡本尚文
オフィシャルサイトはこちら
岡本尚文オフィシャルサイトはこちら

岡本尚文写真集『沖縄01外人住宅』は、下記店舗にて先行販売しております。

<< 細野晴臣さんの中野サンプラザのライブへ | main | 「勤労感謝の日」に母が亡くなりました。 >>
岡本尚文HP、写真集『沖縄02 アメリカの夜』についてのコメントを更新しました。フラットハウス=古い平屋住宅についての愛とその意義を、書籍の出版や講演などを通じて語り続けている、アラタ・クールハンド氏が、「沖縄」と「アメリカ」の残像について語る。

岡本尚文HP、写真集『沖縄02 アメリカの夜』についてのコメントを更新しました。

 

フラットハウス=古い平屋住宅についての愛とその意義を、書籍の出版や講演などを通じて語り続けている、アラタ・クールハンド氏が、「沖縄」と「アメリカ」の残像について語ってくれました。

 

偶然にも同じ大学出身と知ったのは数年前、同時代を生き、共に少年時代、「外国」に影響を受ける。
その眼差しは厳しい。

 

 

 

《写真集『アメリカの夜』を拝読して
初めて沖縄を訪れたのは2年前。生きて来た年月を考えれば随分と遅い訪島になってしまったが、それまで行く機会がなかった。というより行く理由がなかったといった方が正しいだろうか。初訪島は本を書くためのプレ取材が目的だった。拙著既刊では、東京の横田基地周辺や神奈川のキャンプ座間、埼玉のジョンソン基地、九州のキャンプ・ハカタや長崎の佐世保保艦隊基地など、東京以西の米軍兵士用平屋住宅=通称「米軍ハウス」の取材をして来ていたため、私にとってそれらの多く残る沖縄は「生物学者にとってのアマゾン」のような地であった。そのアマゾンが作ってくれた、ようやくこの年齢になっての着地の機会といういささか恥ずかしい経緯である。

 

 

本土の基地周辺の街に漂っていた「アメリカの香り」は、今世紀に入って20年近く経つ現在、すっかり「出がらしの出がらし」状態になっている。私が少年時代に邦画のスクリーンの中で観た「首都圏の西側に横たわる米軍が持ち込んで来たカルチャー」は、その片鱗を探すことさえ今は難しい。件の米軍ハウスはじゃんじゃん解体され、今では往時の1割ほども残っていない。英語の手描き看板も今や和文の打ち文字に取って代わられた。日本人も米国人も同じような洋服に身を包み、外食チェーン店に入って行く。アメリカンカルチャーが消えたというより、国籍も存在意図もはっきりとしない「現代」という企業中心社会の風景の中に溶け切ったように感じる。

 

 

沖縄も似たような状況だった。古き善きアメリカの香りは残滓(ざんし)といった程度で、本土からやって来たナショナルチェーン店の看板の方が今やすっかり“占領 ”している。むしろ東京化が始まっているようにさえ見えた。というのも、件のゲンパツ爆発の影響から沖縄には本土からの移住者が爆発的に増え、それを見越した企業が大挙を成して参入しバブル景気を引き起こしているのだ。今や軍が運んで来た異国情緒たるものは、国内の大企業にすっかり駆逐され始めた感である。

 

 

そんな沖縄を回るにつけ、本土では見られない独特なテクスチャーの穴空きブロック塀や、古家の瓦屋根や外壁からにじみ出る沖縄の土着的風合いの中に、何度も染め抜いたはずの布から地の色が出て来てしまっているような「根強さ」を見つけると、むしろそちらに激しく感情を動かされた。探していたはずの欧文看板の続く小路なんぞに迷い込んだり、カフェやファストフード店でタトゥーを太い腕に載せた短髪の白人兵士たちに出くわすと、かえって困惑。とたんに未だ「占領下の日本」にいるという認識を強いられた気分になるのだ。傍観していた路地から引き摺り出され、当事者の席に座らされる。そして沖縄の現実を見ろと目を見開かされるのである。首都圏の基地の街でもここまでこんな気分に陥ることはそうない。「アメリカの香り」というような気分とは無縁の、なにかゴリッとした硬いものを押し付けられるようなこの感覚こそが沖縄であり、沖縄の人々が日々味わっているものなのだ。「そうか、こういうことなんだ」となにか腑に落ちたような腑に落ちないような、居心地の悪い気持ちになった。

 

 

『アメリカの夜』はそんな憤懣(ふんまん)やるかたない感情を写し取っているのではないか。あなたの期待する沖縄の今はこんなふうですと、その風景が冷静に並べてあるように映る。そこにロマンチシズムや郷愁感といった、かつての邦画がメタファーとして用いた感覚の流用は見当たらない。「本当の取材をしたいのであればそこでしばらく暮らせ」ということを言っていたフォトジャーナリストがいたが、この写真集にも住むことでしか持ち得ない慧眼を感じる。
思わぬ付録として付いて来た“古き善き”彼の国のカルチャーは、残像だけを置いてすっかり蒸発してしまった。今は鈍色の武闘設備だけが固化して背中にこびりついているこの島。ときに美しい海や明るい県民性の前にかき消されてしまうが、夜になると寂しい顔つきでその現実を語り出す。この顔の沖縄と君たちはもっと向き合わないといけないはずだ、と質されているのである。

 

 

もしこの作品に続編があるとするなら、今度は文章で読んでみたい。この写真集のキャプション的なエッセイでも良いと思う。SNSなどでしばしば拝読する岡本氏の軽やかで優しい文章からも、アメリカの夜を覗いてみたいと感じた。そういうセキュエルも今ならばあってよいと思う。(了)

 

 

アラタ・クールハンド


イラストレーター/文筆家/東京都出身
広告、挿絵、ロゴタイプの制作からパッケージデザイン、洋服の企画まで「描く」に関するオールラウンドな部分を仕事とする。また、幼少期の生活体験から愛好する古い平屋=FLAT HOUSEの魅力を紹介した『FLAT HOUSE LIFE』(中央公論新社)とその二巻目(現在は『FLAT HOUSE LIFE1+2』として合本)を発刊。それをきっかけに本の制作に入り、一冊に平屋一軒という更にマニアックな『FLAT HOUSE style』を自費出版しシリーズ化した。今夏は九州の平屋のみを編んだ『FLAT HOUSE LIFE in KYUSHU』(辰巳出版)をリリース。その他の著書には『HOME SHOP style』(竹書房)『木の家に住みたくなったら』(エクスナレッジ)がある。現在は東京都下と福岡のフラットハウスで二拠点生活を送りながら、古家を再生させたり米軍ハウスでゲストハウスを運営するなどの活動を展開する平屋フリーク。

 

 

クリックすると大きな画像で見られます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 写真集 | 19:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://blog.okamotonaobumi.com/trackback/1274188
トラックバック