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フォトグラファー岡本尚文
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岡本尚文写真集『沖縄01外人住宅』は、下記店舗にて先行販売しております。

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『スケッチ・オブ・ミャーク』(監督・大西功一)を見る。
 沖縄県宮古諸島に歌い継がれてきた「神歌」「古謡」をミュージシャン・久保田麻琴を媒介として辿る映像。
 口承という形で伝えられてきた「神歌」や「古謡」は、今も生き生きと引き継がれているものもあり、もう既に継承されずに途絶えてしまったものもある。
 宮古で生活する人々が引き継いできた自然に対する畏怖と賞賛。
それをほとんどハンディと思われるカメラで時には淡々と、またある時は揺れ動く感情にまかせる様に撮影していく。

 ここで僕が目にするのは歴史を背負った唯一無二と言える顔。
そして、声と音。
 若き日に圧倒的な歌声で「池間口説(イケマクドゥチ)」を歌った嵩原清に久保田麻琴が新たにリミックスした音源を聞かせるシーン。
病院のベッドに横になる嵩原にそのCDを聞かせようとするが、もう大分弱っている嵩原は目も開けようともせずに眠っている。しかし、久保田がポータブルのCDプレイヤーで「池間口説」を再生すると嵩原は寝返りをうち、うなずき、久保田と握手し、そして久保田を抱き寄せ、もう力のなくなった腕で久保田の頭を何度も撫でる。
おそらく、この映画の中で一番感動的なシーン。
「音」が若き日の記憶と生への憧れを呼び覚ます瞬間。

 男性が主導する祭「ミャークヅツ」での男達の動きはぎこちない。
それに比べ女性達の口から言葉や唄が発せられる時。御嶽(ウタキ)の前で祈る手の仕草。糸を紡ぐオバーの指先。なんと軽やかで豊かな表情なんだろうと思う。
 沖縄で神事を行う時に多くの場合女性達によって執り行なわれるという事とどこか関係があるかの様だ。
 カメラはその女性達の生活、働く姿を追い続け、生きる事と神事は繋がっているということを証明する。

 『スケッチ・オブ・ミャーク』はオバー(おばあさん)、オジー(おじいさん)、そしてそれを引き継ぐ者の記憶と記録に関わる貴重な資料である。そして僕たちには、もう消えてしまった神事や宮古に生きた人々への想像力を喚起する。
 
 映像にはまだまだ出来ることがある。







| 映画 | 18:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
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