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フォトグラファー岡本尚文
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岡本尚文写真集『沖縄01外人住宅』は、下記店舗にて先行販売しております。

コム・デ・ギャルソン 『six』を発見

ここ何ヶ月か父の身体の調子が悪いので実家へ行く回数が増えた。

父を病院へ連れて行ったり、食事をさせたりする合間に自分がずっと捨てられずにいる雑誌やチラシの整理をする。

先日はCOMME des GARCONS(川久保玲)が、関係者向けに少部数のみ発行していたヴィジュアル作品集『SIX』を発見。

僕がカメラマンのアシスタントをしている頃に山本耀司さんや川久保玲さんに憧れて必死に(笑)収集していたもの。

今見ても全く色あせることのない作品。







| 過去のチラシ | 09:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
古いチラシ008 1991年「関西・沖縄・ジャワNITES」ネーネーズ来日。
古いチラシ008 
1991年「関西・沖縄・ジャワNITES」。
「ワールドミュージック」ブームに乗ってネーネーズが初「来日」したのがこのコンサートのはず。
場所は青山のCAY。
前後して大阪から江州音頭の桜川唯丸&スピリチュアル・ユニティー、インドネシアからジャワ歌謡のヘティー・クース・エンダン&カトゥリスティワが出演した。
僕は5月7日のネーネーズwith知名定男&スピリチュアル・ユニティーの公演を見に行った。
スピリチュアル・ユニティーがパーラメントの様な演奏を奏でてネーネーズを呼び込んだのが強烈な印象として残っている。
それから先は終わりまでぐいぐいと一直線に引き込まれ、はっと気付くとアンコールも終わっていた。
当時「ニュース23」のキャスターだった筑紫哲也さんと阿川佐和子さんも会場に駆けつけていたのを憶えている。
このコンサートが大成功して第1期ネーネーズは、1999年11月の沖縄コンベンションセンターでの公演までを一気に駆け抜けて行った。






| 過去のチラシ | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
古いチラシ007 めんたんぴん「GO TO ARCADIA TOUR」1998
 めんたんぴん「GO TO ARCADIA TOUR」1998
1998年、金沢のバンド、めんたんぴんが21年振りにアルバム『GO TO ARCADIA 』を発表。
オリジナルメンバーは佐々木忠平、飛田一男、石崎三郎の3人、後は助っ人が3人。
その助っ人の3人はドラムにつのだ☆ひろ、ギターに憂歌団の内田勘太郎、キーボードはアイドルワイルド・サウスの難波正司。
作詞のほとんどを当時浅川マキとせなまる舎をやっていた、めんたんぴんの準メンバー的存在の柴田徹が担当。彼はレコーディング&ミキシングエンジニアも兼ねていた。
さすがに21年振りのアルバムは昔の音よりも良い意味で落ち着いている。
情景を物語る柴田の詞と一音一音の粒を大事にする録音がその落ち着きにきらりと光る物を添えている。
ほとんど話題になることの無かったアルバムだが、僕はとても気に入っている。
そして、このアルバムを発表した1998年の暮れに大阪と東京のライブハウスで発売を記念したライブが行われた。
その時のチラシがこれ。
僕は東京のライブの初日、12月6日に見に行ったのだが、この日は練習不足でヨレヨレの演奏。最後まで調子を取り戻すこともなく終了し、随分と落胆したのを憶えている。
そして、このままでは納得がいかないと翌日のライブにも参戦した。
たぶん前日の演奏は本人達が一番ショックだったんだろう、この日のライブは前日とはうって変わってバンドが一体となっていて、チケット代を2日分払っても後悔することのない内容のライブだった。
柴田氏も会場の隅で(たぶんクスリをやっていたのだろうが)ふらりふらりとしながらご機嫌になっていたのを憶えている。
何年か前にはSGを豪快なスライドギターで鳴らす飛田一男も亡くなった。
佐々木忠平ともう1人のオリジナルメンバーのギタープレイヤー池田洋一郎とで、めんたんぴんブルース・バンドという名称で活動することはあるようだ。
この先、めんたんぴんが動き出すことはあるのだろうか。











| 過去のチラシ | 09:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
古いチラシ006 映画『風の歌を聴け』1981年公開
 1979年に小説『風の歌を聴け』(もちろん村上春樹)が掲載された『群像』を今も持っている。
高校生だったこともあり、その頃は毎日がこの小説に影響された日々だった。

さてこのチラシは大森一樹氏が監督の映画の方。
舞台は神戸。
男性陣は小林薫とヒカシューの巻上公一、坂田明。女性陣は真行寺君枝と室井滋(二人とも良い雰囲気醸し出してます)。
みんな素人みたいな演技でしたが、僕は嫌いではなかったです。
これを見て、同じく1981年の出版された村上春樹氏と糸井重里氏との共著『夢で会いましょう』読み、神戸へビーフカツを食べに行ったのは楽しい思い出。
テレビを録画したVHSのテープを持っていて、今でも何年かに一度見たくなるという、そんな映画です。

予告編もなかなかです↓









| 過去のチラシ | 21:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
古いチラシ_005 1977年「ローリング・ココナッツ・レビュー・ジャパン」
1977年「ローリング・ココナッツ・レビュー・ジャパン」。
自然保護の観点からのクジラ救済コンサート。
まぁ、クジラを救おうという趣旨には賛否両論あって、『ニューミュージックマガジン』紙上では中村とうよう氏を中心にけんけんごうごうとなった。
とはいえ、これは正規のチラシではないだろう。
チラシの右上のイルカマークは缶バッチにもなったはずだ。
僕は初日を見たのだが、今ならフレッド・ニールをもう一度、ミミ・ファリーナ、ピーター・ローワン、久保田麻琴と夕焼け楽団+細野晴臣、ロニー・マック&フレンズなんかを是非見てみたいと思うのだが...。
まぁ、ませた中学3年生だったんだな。

追記
というチラシをTwitterにアップしたところ、イラストレーターのヤギヤスオさんから返信があり、右上のイルカマークは氏がデザインしたということが発覚しました。





| 過去のチラシ | 23:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
古いチラシ004
1982年のミシャ・メンゲルベルグとICPオーケストラの来日公演。
サンケイホールと日本教育会館のどちらに行ったのか憶えていない。
その頃、浅川マキさんの公演やアルバムプロデュースなどで活躍していた近藤等則さん絡みで見に行ったはずだ。
若かったのでミシャ・メンゲルベルグの緻密さより、ハン・ベニンクとペーター・ブロッツマンの過激さに感動していた頃。





| 過去のチラシ | 21:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
古いチラシ003 糸井重里プレゼンツ『ヘンタイよいこ 白昼堂々秘密の大集会』
1982年5月5日こどもの日に品川プリンスホテルで行われた”糸井重里プレゼンツ『ヘンタイよいこ 白昼堂々秘密の大集会』”の時のもの。
テリー・ジョンスンこと湯村輝彦さんのイラストがイカしてます。
厳密にはこれはチラシじゃなくてプログラムという感じでしょうか?
坂本龍一&忌野清志郎の「いけないルージュマジック」で盛り上がり、三遊亭円丈がインカム付けてライブやったのを憶えてます。
『マニアマニエラ』の頃のムーンライダーズは何やったのかな。
他には東京乾電池、コント赤信号なども出てたんだ。
この時の「い・け・な・い・ルージュマジック」の音源はこちらで聞ける。









| 過去のチラシ | 19:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
古いチラシ_02 天児牛大のリサイタル「金柑少年」
 山海塾を始める前の天児牛大のリサイタル「金柑少年」。
1978年。
これは高校生の時に見た。
有名になった例の逆さづりは鮮明に覚えている。
この年、福井に室伏鴻の舞踏派背火の公演を見に行く。
大駱駝艦始め舞踏ばかり見ていた頃。


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古いチラシ_01 「リ・ン・ガ・フ・ラ・ン・カ」 EP-4他
Twitterで「グッドデザインなちらしDMの画像を集めます」と銘打ったHPがあることを知る。
それなら僕は古いチラシを捨てずに持っているなぁと思い、せっかくだからTwitter上で少しずつアップしてみようかと昨日から始めてみました。
Twitterだとどんどん流れてしまうのでこちらにも残しておきます。
第一弾は確か1980年頃にEP-4目当てに見に行った「リ・ン・ガ・フ・ラ・ン・カ」。
会場はパルコPART3、24時からのライブ、小さい箱にすし詰めでスタンディングだったのを憶えている。
後はほとんど記憶から消えているけれど。








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